人里離れた山奥の屋敷の中を青年が歩いている。平時を知る者がよく見ればその表情に焦りと苛立ちがあるのがわかったかもしれない。やや目つきが鋭すぎるものの、美男子で通る顔立ち。戦う術を持つ者特有の隙のなさが歩く様からも見て取れる。屋敷の片隅の小さな部屋の前で青年は足を止めた。 「………こんなところに居たのか」 ふすまを開けて中へ。そこにはこの屋敷では最も珍しい生物、人間がいた。見た目はまだ少女と呼ぶべき年齢の人間。屋敷はとある土蜘蛛のものであり、暮らすのはその土蜘蛛を主と………内心ではどうかはともかく、呼ぶ者たちである。獲物でしかない人間が住むには危険すぎる場所だ。しかしその少女は危険を全く感じていないかのように振舞う。 「何か御用ですか?」 「何かも何も……。先ほど主様が眠りにつかれたぞ」 それで全て分かるだろう、とばかりに言葉を切る青年に、少女が不思議そうな目を向ける。 「お前には先見の力があるのではないのか?」 「望んで見る事は出来ませんから」 ため息を吐いて続ける青年。 「お前がここで生きていられたのはお前を主様が気に入っていたからだ。眠りにつかれたことを知るのは今は俺だけだが、そのうち知れ渡る。そうしたらお前の命などすぐに消えるぞ」 それに少女はポンと手を打ち返す。 「ああ、そうですね」 「………今山を下りればわざわざ追う者もいないだろう。早く行け」 ずっと笑みを浮かべていた少女の顔が驚きに変わる。 「心配して頂けるとは思いませんでした。てっきり嫌われているかと」 「心情だけを言うなら嫌いだ、安心しろ。人間な時点で気に食わないのに、その上主様を失わせるきっかけとなった者を嫌わないわけがない」 「では何故………?」 「主様はお前を気に入っていた。それが無駄に死ぬことを俺は望まない。………さっさと行け」 表情を笑みに戻し、少女が立ち上がった。そのまま部屋を出て外へと向かい………ふと立ち止まると振り返って青年に問う。 「その忠誠をもって、共に眠りにつこうとは思わなかったのですか?」 終始不機嫌そうだった青年の顔が笑みを作る。それは皮肉げなものだったけれど。 「そんなつまらないことをしたら愛想をつかされてしまうさ」 言葉は確かに、楽しんでいる風だった。 |
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