土蜘蛛の巣

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zoom RSS 茂って野となれ、山となれ

<<   作成日時 : 2010/11/19 16:14   >>

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(……あら)

琴音がいつものように主の家に入ろうとすると、表玄関にいた見知らぬ女の子とばったり目が合った。
小学生くらいの、とても可愛らしい子だ。もっとも、この学園では見た目はあまりあてにはならないのだけれど。
また、蜘蛛の巣に自ら踏み込んで来た物好きな客人だろうか。

「こんに」

挨拶をしようとした瞬間、琴音は首をかしげた。少女の発する雰囲気と、その眼差しはどこかで覚えが……。

「……もしかして、蜘蛛童?」

思考よりも先に、口がそう言葉を紡ぎ出していた。

「わかるんですか?」

少女は目を何とも素直にまん丸くしてきょとんとした。

「ふふ、巫女の勘ですよ。……そう、とうとう土蜘蛛になれたんですね。近いかとは思っていましたけど」

喜びと愛情をこめて琴音が見やれば、これまた何とも素直に頬をぱっと赤くして、表情明るく頷くのだ。

「もう蜘蛛童とは呼べませんね……何と呼んだらいいのかしら?」

「はい、頑張りました!あ、あのっ、琴音ねえさま。その事なんですけど、わたし、琴音ねえさまに名前を頂こうと待ってました!」

ねえさま、と呼ばれるのは琴音にとってはかなり破壊力抜群だった。思わず張ってしまいそうな胸の動きを押し止め、ひとまずその重大な発言について想いをめぐらせる。

「名前……私に、ですか?万葉先輩や双葉先輩ではなくて」

「はい、ねえさまがいいんです!」

琴音はさすがに悩んだ。この子は彼女の蜘蛛童だったわけではなく、そもそも彼女は平賀家に仕えるほうなのである。悩み、もう一度少女を見る。……きらきらした、期待と緊迫感に満ちた目が見えた。まじりっけなしの本気の眼差しだった。

「……さすがに私の一存では決めかねますから、先輩達にお伺いを立ててみますね。もし、それでお二人がよいと仰られたなら……」

腰をかがめ、視線を少女と合わせて優しく琴音は告げた。

「誠心誠意、あなたのための名前を考えましょう」

「はいっ!ありがとうございます、ねえさま!」

「ええ。ではいらっしゃい、一緒に参りましょう」

これで断られたならかなり居心地は悪いだろうが、琴音にはもうお伺いの結果が見えていた。並んで歩きながら、少女のひとつひとつを観察してはそのイメージをゆっくりと、しっかりと積み上げて文字を形づくって行く。









「それが望みならば、思うがままに」

「……。好きにすれば良いでしょう」









はたして、平賀姉妹の答えときたら一字一句彼女の予想と違ったところがなかったのだ。いや、それどころか言う時の態度までも。主達の御前を辞し、飛び跳ねんばかりにわくわくした様子の少女を連れて琴音は離れの座敷に行き、縁側に出た。そこからは、もうすっかり生い茂った濃密な庭の緑が一望できた。射し込む春のまぶしい光を背に座り、琴音はしばし少女を眺めた。何か考えているわけではなく、ちょっと間をもたせてあげるだけだ。少しして、期待に耐えきれなくなった少女がとうとう口を開こうとした瞬間を見計らって、琴音は先手を打った。

「あなたのお名前ですけど」

言葉の出がかりを抑えられ、少女は目を白黒させる。琴音は、いつも蜘蛛童の頃に彼女に対してそうしていたように悪戯っぽく微笑んだ。慌てるのはよくないですよ、とばかりに。

「実は、もう考えついていたのです。先ほど、先輩達の御前を辞したときに」

「……え」

まだ流れを戻せずに目を白黒させている彼女にすい、と膝を寄せ、琴音はそのやわらかな頬に優しく手をそえた。そして、しっかりと視線を合わせた。これから渡す名前をしっかり彼女の奥まで刻み込めるよう、そしてその名に彼女や彼女の主たちの心が色あせることなく篭るように。

「万に茂った樹は、言の葉を種に新たな双葉を芽吹かせました」

その血の色、すなわち母の色の瞳と同じようにあかくあれ。

「そして、双葉は夜を越え、限りなき空と光を受けて伸び、また種を生しました」

さらさらと流れるその黒き糸と同じように優しくあれ。

「ならば、私は再びかくあれかしと願いましょう。あなたの葉が満ち、そしてあなたの周りが更なる葉で満ちますように」

琴音は両手を伸ばし、自らも受け取った、営々と受け継がれ続けてきた親たちの万感の想い全てをこめて少女を抱きしめ、そっと告げた。

「万葉を受け、双葉に続くもの満葉(みつは)……あなたが頂いたもの全てを誇り、幸せに生きなさい」







数瞬の時を経て、琴音はゆっくりと身を離す。少女――満葉は夢の中にいるかのようにぽうっとしていたが、その瞳の奥には確かにもう何物かが生まれていた。彼女は自らの名をしかと受け入れ、何者かになったのだ。

いまだに漂う不思議な空気を壊すのが惜しくて、二人とも口を開かない。ただ、まっすぐに見詰め合っていた。しかしやがて、一陣の春風がそんな場をさっと爽やかに吹き払った。琴音が先に口を開く。

「あなたが変わり始めたのとちょうど同じころ、双葉先輩もなんだか少し様子が変わりました。何かお話しましたか?」

満葉はきょとんと目を瞬かせ、それから考え込んだ。長々と考え込んで、ようやく口を開いた。

「はい。でも、何を話したかは……その、ごめんなさい。なんだか、話さないほうがいい気がするんです」

心底申し訳なさそうなその顔を見て、琴音は小さく笑った。

「それでいいんですよ。あなたは優しい子ですね。そして、賢い子」

ほめた瞬間、満葉の目に反射的に何かが浮かんだ。琴音は少し考え、それが何であるかに思い至った。自分も時々こんな風なのだろうか、と思わずむず痒くなってしまう。彼女が蜘蛛童だったとき、ほめた後はいつだってそうしていたから……琴音は手を伸ばし、満葉の頭をそっと撫でてやった。彼女は照れながら、くすぐったそうに目を瞑る。

「……詳しいことがわからなくとも、あなたがあの方に大事な何かを与え返したのは判ります。私からもありがとうございます、満葉」

ささやいて、琴音はもう一度満葉を抱きしめた。その未来に無限の繁栄があるよう祈りながら……。

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